(c) が冠歯車、(v) がバージ (p, q) がパレット (爪、pallets) |
バージとフォリオット (棒テンプ) によるエスケープメント アンリ・ド・ヴィットが 1379 年パリで製造した時計から |
以下の文書は次の一部分の翻訳です。 使用している絵も英語版の Wikipedia の絵から作ったものです。
Verge escapement - Wikipedia (バージ・エスケープメント)
以下では clock を時計と訳し、watch を懐中時計と訳しています。 ウェブスターを見ると、clock の語源には鐘の意味がのっています。 つまり、clock にはもともと文字盤がなかったようで、これが watch と違う点なようです。
ここで書かれていることは世界で最初の機械式時計の仕組みのことで、 時を刻むためのメカニズムはバージとフォリオットと呼ばれるものです。 機械式時計が登場した時には高価で普通の人が個人で使用することはかなり難しかったのですが、 教会や市役所などの公共の時計としてはごく普通なものとなります。 この間の事情は 塔時計をご覧ください。 最初の機械式時計は振り子時計に取って代わられますが、当初はバージを使用した振幅の大きい振り子時計でした。 従って、これでは等時性が保持されず、間もなく「アンカー・エスケープメント」の登場により、 バージが姿を消し、振幅の小さい正確な時計が登場します。 教会等の公共時計は「バージとフォリオットによる時計」から「バージと振り子による時計」に作りかえられ、 これが更に「アンカー・エスケープメントと振り子による時計」に作りかえられました。 この変化を被った時計に、現存する最古の時計とされる ソールズベリー大聖堂の時計があります。
振り子時計もあわせて読んでください。すべて相互に関連しています。 なお冠歯車 (かんむりはぐるま) は crown wheel の訳です。
バージ (あるいは冠歯車) エスケープメントは、知られている限りでは最も古い 機械式のエスケープメント (脱進機) である。但しエスケープメントとは 機械式の時計で一定の間隔で歯車の列が進む (あるいはチクタク進む) 速さを制御するメカニズムのことである。 この起源は不明である。 バージ・エスケープメントは時計や懐中時計に 14 世紀から 1800 年頃まで使用された。 バージの名前はラテン語 virga に由来し、これは小枝ないしは棒のことである。
この発明は技術史においては重要である。何故ならば、これにより、全機械式の時計の 発展が可能となったからである。 これにより、水時計における流体の流れのような連続的な過程から、 振り子の揺れのような反復振動する過程の方に、時刻測定がシフトしたのである。 振動する時間保持の仕組みは現在のすべての時計の心臓部になっている。
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(c) が冠歯車、(v) がバージ (p, q) がパレット (爪、pallets) |
バージとフォリオット (棒テンプ) によるエスケープメント アンリ・ド・ヴィットが 1379 年パリで製造した時計から |
バージ・エスケープメントの最初の証拠は 14 世紀のヨーロッパにあり、 この発明により、最初の全機械式の時計の発展につながった。 13 世紀頃から、塔に設置される大きな時計がヨーロッパの町の広場や大聖堂で 建設されるようになった。 これらの時計はバージ・エスケープメントを使用し、両端に重りを付けた 水平な棒 -- フォリオットと呼ばれる -- を駆動した。 フォリオットはバランス・ホイール (balance wheel) の原始的なもので前後に振動した。 時計の進み具合はフォリオット棒の重りを内や外にスライドして調節した。
バージは恐らくは alarum から進展したと思われ、 これは同じ仕組みを鐘 (ベル、bell) を鳴らす仕組みに使用し、 何世紀も前に出現している。 しかしながら、エスケープメントが最初に時計に使用された時期は 永久にわからないであろう。 というのは、現存する文書からでは塔の時計が機械式か 水時計かの区別を付けることが不可能だからである。 同じラテン語の horologe (時を告げる装置) がどちらにも使用されているからである。 ヴィラール・ド・オヌクール (Villard de Honnecourt) がバージ・エスケープメントを発明したとの憶測がある。 彼は色々取りざたされる装置の挿絵を描いている。 知られている時計でどれが最初の機械式のものであるかに関しては、 情報源により違いがあり、これはどの写本が決定的であるかに依存している。 最初の機械式の時計の候補は 1355 年のイタリア、ミラノの ヴィスコンティ家の宮廷に 建造された時計である。 しかしながら、機械式時計は 13 世紀後期にはすでに存在していたと了解されている。
実際には、エスケープメントのもっとも初期の記述は ウォーリンフォードのリチャード (Richard of Wallingford) の 1377 年の写本である Tractatus Horologii Astronomici にあり、 これは彼が セント・オールバンズ修道院 に建設した時計に関するものであるが、 彼はバージではなく 'strobe' エスケープメントと称する変形版を使用している。 これは同軸上の一対のエスケープ輪 (escape wheel) から成り、 交互に外方向の歯が付いていた。 バージ棒はその中間に吊り下げられ、 短い横棒が最初に一方向に回転し、次いで別方向に動き、 この間によろよろと歯が通り抜ける。 これ以外の実例は知られてはいないが、 時計においては、このデザインがバージよりも先行する可能性がある。
Verge Escapementここでは一連の動画が登場し、その 3 つ目の動画は、表題は「バージ・エスケープメントとフォリオット」 にはなっていますが、'strobe' エスケープメントです。ひょっとして動画の順番が違っているかもしれませんが、 全部で 20～30 分程度なので、気長に待っていればそのうち登場するでしょう。
この初期の「バージとフォリオットによる時計」がどれほど正確であったかに 関しては議論の余地があるが、1 日に 1 時間から 2 時間であったとの推測が言及されている。 初期のバージ時計は、恐らくは水時計と大して変わらない精度ではあったが、 冬に凍結することがなく、新考案がより期待される技術であった。 17 世紀中ごろに、振り子がフォリオットに取って代わった時には、 最も優れた「バージとフォリオットによる時計」は 1 日に 15 分の精度を達成した。
「バージとフォリオットによる時計」の精度が非常に落ちるのは、 エスケープメント自身にあるのではなく、振動装置であるフォリオットに原因があった。 1656 年頃の振り子の発明からバージ時計は突如として精度が 1 日に時間単位から分単位に向上した。 大半の時計のフォリオットが振り子で置き換えられ、 これは徹底的であったため、 今日では元々の「バージとフォリオットによる時計」をそのまま発見することが 困難となっている。 類似のことが懐中時計の向上にも見受けられ、 これは 1658 年のヒゲゼンマイ (balance spring) の導入によっている。
バージ・エスケープメントを構成するのは、冠のような形の輪で、 この輪にはのこぎり歯のような歯が前面に垂直に飛び出し、 輪の軸は水平方向に向けられる。 この輪の前に、垂直の棒 -- バージ -- があり、これには 2 つの金属の板あるいはパレット (爪、pallet) が 付いていて、冠型の輪の反対側の二か所で歯とかみ合っている。 パレットは平行ではなく、その間に角度があり、これにより一方のパレットのみが歯とかみ合うようになっている。 バランス・ホイール (あるいは振り子) がバージ棒の端に搭載されている。 時計の歯車が冠歯車をまわすと、これは最初のパレットを押し、バージを一方向に回転し、同時に 第二のパレットを歯の通り道に回転し、 歯が最初のパレットを通過するまで続く。 次に、輪の反対側の歯が、第二のパレットを捉え、バージを逆方向に回転する。 これが周期的に繰り返される。 その結果、輪の回転運動は、バージの振動運動に変換される。 フォリオットあるいは振り子の一振りごとに時計の歯車の列が前進し、 時計の針を一定の速度で前進させる。
冠歯車の歯の数は、エスケープメントが機能するためには、奇数でなければならない。 二つのパレットの成す角は通常 90° から 105° である。 これにより、フォリオットあるいは振り子の振幅は 80° から 100° になる。 振り子の揺れを小さくして、等時的にするために、 フランス人はパレットの成す角を大きくし 115° 以上にした。 これにより、振り子の振幅は 50° ぐらいとなり、跳ね返り (下を参照) を少なくしたが、 バージを冠歯車の非常に近くに置く必要があり、 歯がパレットの軸に近くなり、最初の「てこ」を減少し、摩擦を増大した。 そのため振り子は軽くする必要があった。
初期の発明から予期できることは、 バージは広範囲に使用されているエスケープメントの中で 最も精度が低いものであった。 そして、以下の問題に苦しむことになった。
バージによるエスケープメントは 400 年もの間、ほとんどすべての時計と懐中時計に使用された。 17 世紀に振り子やヒゲゼンマイ (balance spring) が登場して精度が向上すると、 エスケープメントによるエラーが注目を集めることになった。 1820 年代にバージの代わりに、よりよいエスケープメントが使用されたが 19 世紀には多くのバージ方式の時計が存在していた。 その理由は、バージはこの時点までにとても安くなっていたためである。 このような後期のバージ方式の懐中時計はかさばっていたので 「かぶ」と通称された。
懐中時計の場合には精度が低い上に、 冠歯車を垂直にし、かさばるフュージー (fusee) の必要性から バージ懐中時計は とても分厚くみっともなくなった。 フランスの懐中時計の製造業者は 1695 年に発明された、より薄いシリンダー・エスケープメントを使用した。 英国では高級懐中時計は 1782 年に開発された二重 (duplex) エスケープメントを使用したが、 安価なバージ・フュージー懐中時計は製造され続けた。 しかし 19 世紀中頃に登場したレバー・エスケープメントがこれに取って代わった。
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バージが振り子時計の場合に使用されたのはごく短期間で、 1660 年に発明されたアンカー・エスケープメントが取って代わり、 1690 年の始めには広範囲に使用された。 バージの問題は、振り子の振幅を 80° から 100 ° にする必要があったことによる。 1764 年にクリスティアーン・ホイヘンスは 振り子の振幅が大きいと不正確な時計となることを示した。 その理由は、時計の仕組みによって提供される駆動力の些細な変化に影響を受けやすくなるためである。
バージでは不正確であると思われているが、正確にすることもできる。 1759 年と 1770 年に、ジョン・ハリソンによって最初に成功裏に製造された海洋クロノメータ H4 と H5 はバージ・エスケープメントとダイアモンドのパレットを使用した。 試験では 1 日に 1 秒の 5 分の 1 の精度であった。
今日ではバージはアンティーク時計かその複製に見られるのみである。 多くのオリジナルなブラケット・クロック (棚時計、bracket clock) ではビクトリア時代にアンカー・エスケープメントに 変更されたが、これを元のバージ・エスケープメント戻している。 時計職人はこれを、バージ再切り替え (verge reconversion) と呼んでいる。
