以下の文書は次の最初の部分の翻訳です (測量の部分は省略した)。使用している絵も英語版の Wikipedia のものです。

Jacob's staff - Wikipedia (ヤコブの棒)

少し問題となるのが、多くのページで Jacob's staff の staff を「杖」と訳しているからです。例えば:

ヤコブの杖

「ヤコブスタッフ」は色々な装置のことを指しますが、角度を測定する装置は「クロススタッフ」(十字棒) と呼ばれることが多く、また測量装置を支えるための棒も「ヤコブスタッフ」と呼ばれますが、 これは伊能忠敬の測量装置に登場しており、そこでは「杖」と呼ばれています (円周儀の訳注)。 一方で、ウェブスター (英々辞書) から判断すると、 スタッフ (staff) の本来の意味は「棒」、これが時には「杖」の意味 になる。 オランダ語でも同じだと思われ、伊能忠敬の「杖」(あるいは測量装置の全て) がオランダから流入したことを強く示唆しています。 つまりオランダ語の staff に相当する言葉を翻訳する際に「杖」と訳した。しかし色々な昔の観測装置の使用例から判断すると、すべて「棒」の訳語で十分です。

ヤコブスタッフの用語が聖書に起源があるとすれば、杖の意味も可能性としてありますが、 後世のバックスタッフなどの用語は明白に棒の意味で使用している。 またヤコブスタッフは外洋航海での使用が前提のため、 古くからあると考えることに無理があると思う。

用語のヤコブスタッフ (Jacob's staff, ヤコブの棒) は幾つかのものを言及するのに使用され、 他の呼び方に : クロススタッフ (cross staff, 十字棒)、 バラステラ (ballastella)、 フォアスタッフ (fore-staff, 前方棒)、 バレステラ (ballestella)、あるいは バレスティラ (balestilla) がある。 最も基本的な形では、ヤコブスタッフ (Jacob's staff) は杖あるいは棒 (stick or pole) で 長さの印が付いたものであり; 大半のスタッフ (staff) はもっと複雑で、 通常、幾つかの測量と安定化の造作を含んでいる。 2 つの最も普通の使用は:

• 天文学とナビゲーションでは、角度を測定するための単純な装置のこと、 後には、もっと正確な六分儀で置き換えられた;
• 測量で (そして測量技術を使用する科学分野で、例えば地質学と生態学 (ecology) で)、 地面に突き刺し・置いたりして、コンパスや他の計器を支えるための垂直な棒のこと。

ヤコブスタッフの最も単純な使用は、スタッフの使用者に相対的に、あるオブジェクトの高さと角度の 定性的な判断をすることである。

フィレンツェ、 ガリレオ博物館 (Museo Galile) のヤコブスタッフ	ヤコブスタッフで星の高度を測定

訳注

1. ballastella の意味がわからないので少し調べました。以下、若干綴りが違っているのですが、 英語式の綴りによるか、ポルトガル語やスペイン語の違いによるものと思われます。 Cross-staff (National University of Singapore) によるとクロス・スタッフはポルトガル人には「Balestilha of the moors」の名称で知られていたとあります。 Balestilha を AltaVista で検索すると、ポルトガル語 or スペイン語と思われるページしかヒットしないので、 英訳を読んでみると (自動翻訳は日本語の場合には全く意味不明となる場合のが多いのですが、 ヨーロッパの言語の場合には大抵判読できる英語になっています)、「Balestilha は形が似ているため ballestaに由来しているようである」 とわかりました。オンラインの辞書などを調べると ballesta はスペイン語の クロスボウ であることがわかりました。これを簡単に確認するには上記の日本語版 Wikipedia の項目で Español を選択するとわかります。 なお 「Balestilha of the moors」の the moors は the Moors と思われ、 ムーア人 のことのようです。
2. 上で引用したシンガポール国立大学のページ ( Cross-staff) では更に次のように述べています。
   クロス・スタッフあるいはヤコブ・スタッフは紀元前 400 年頃にカルディア人によって発明されたが、主に天文学者に使用された。 1514 年になって始めてナビゲーションに使用することが ヨハネス・ヴェルナー (Johann Werner) によって提唱された。
   クロス・スタッフ (の発明) はアラビア人のナビゲータによって使用された カマルによってインスピレーションを受けた。 クロス・スタッフはオランダ人には「Balestilha of the moors」の名称でも知られている。
   この文章は少し理解しにくいのですが、ヨーロッパ人によるクロス・スタッフは、 カルディア人のクロス・スタッフを真似したのではなく、アラビア人のカマルの真似をしたと考えてよいのではないかと 思います。但し、他のページでは「インスピレーションを受けたかもしれない」として断言を避けているものがあります。

ナビゲーションでは、機器はクロススタッフ (cross-staff) とも呼ばれ、 角度を決定するのに使用された。 例えば : 船の経度を決定するための水平線と北極星あるいは太陽との角度; 高さがわかっているオブジェクトへの距離を決定するために、オブジェクトの頂上と基底部の間の角度; もしも距離がわかっていれば、オブジェクトの高さ; あるいは、地図上の自分の場所を確定するために、2 つの目で見える場所の間の水平の角度; の決定である。

ヤコブスタッフ (Jacob's staff) は、天文学の観測で使用されれば、 radius astronomicus とも言及される。 近代でクロススタッフ (cross-staff) の凋落と共に、ヤコブスタッフ (Jacob's staff) の名称は主に 測量技術者の機器の支えを提供する装置に適用された。

機器の名前の起源は確かでない。 何人かは聖書の長老のヤコブ (Jacob) を言及する ―― 特に創世記 (Book of Genesis) (Gen 32:11)。 これはオリオン座 (Orion) ―― 中世の星図でヤコブ (Jacob) の名前で呼ばれている ―― の類似から名称をつけたかもしれない。 別の可能性のある源泉は「巡礼のスタッフ」 (Pilgrim's staff) ―― セント・ジェームス (St. James、ラテン語で Jacobus) ―― である。 クロススタッフ (cross staff) の名称は単に、十字型の形から来ている。

元々のヤコブスタッフは 14 世紀に単一の棒の装置として開発され、 天文学の測量をするために使用された。 これは プロヴァンス (Provence) のフランス系ユダヤ人数学者の レヴィ・ベン・ゲルション (Levi ben Gerson) により、彼の 「神の戦争の本」 ("Book of Wars of the Lord"、 ラテン語、更にはヘブライ語に翻訳) に始めて記述された。 彼はスタッフのヘブライ語の名称を使用し、これは 「深淵を明らかにするもの」 ("Revealer of Profundities") に訳され、 一方、「ヤコブスタッフ」 (Jacob's staff) は同時代のキリスト教徒により使用された。 その発明は仲間のフランス系ユダヤ人の天文学者の ヤコブ・ベン・マキル (Jacob ben Makir) によっている可能性があり、 彼も同じ時期にプロヴァンス (Provence) に住んでいた。 15 世紀のオーストリアの天文学者の ゲオルク・プールバッハ (Georg Purbach) に帰属することはあり得そうもない、 というのはプールバッハ (Purbach) は 1423 年まで生まれていないからである。(このような帰属は同じ名前を持つ 異なる機器を言及している可能性がある。) その起源は紀元前 400 年頃の カルデア人 (Chaldeans) にたどれるかもしれない。

ベン・ゲルション (ben Gerson) が始めてヤコブスタッフを記述していることはすっかり認められているが、英国の 中国研究家である ジョゼフ・ニーダム (Joseph Needham) の説では 宋王朝 (Son dynasty) 中国の科学者である 沈括 (Shen Kuo, 1031 年 - 1095 年) は 1088 年の 彼の 夢渓筆談 (Dream Pool Essays) でヤコブスタッフを述べている。 沈括 (Shen) は古物収集家で、古代の物に興味を持っていた; 彼は 江蘇省 (Jiangsu) の家の庭から古代のクロスボー (crossbow) のような装置を発掘したあとで、 これに目盛り付きのスケールを持つ照準があり、これが遠方の山の高さを測定すること に使用できることに気が付いた。彼は 数学者が直角三角形を使用して、高さを測定する方法にたとえた。 彼が書いていることは、これで山全体を眺めると、 機器の距離が長くなり、山の一部分を眺めると距離が短かくなる。 これは、横棒を目から遠ざけなければならないからで、 一方で距離は反対の端から始まっているからである。 ニーダム (Needham) はこの観察の実際の応用を何も言及していない。

中世ヨーロッパのルネッサンスの最中にオランダの数学者で、測量技師の アドリアーン・メチウス (Adriaan Metius) は 彼自身のヤコブスタッフを開発した。 ゲンマ・フリシウス (Gemma Frisius) はこの機器に改良を加えた。 15 世紀のドイツの数学者のヨハネス・ミューラー (Johannes Müller) ( レギオモンタヌス (Regiomontanus) と呼ばれる) は測地学と天文学の測量で この機器の人気をあげた。

クロススタッフ (cross-staff) の元々の形ではポール (pole、棒) あるいは主スタッフ (main staff) には 長さの目盛りが付いていた。 クロス・ピース (cross-piece、下の絵の BC) は、 トランソム (transom)、あるいはトランスバーサル (transversal) とも呼ばれ、 主スタッフ (main staff) を上下にスライドする。 古い機器では、トランソムの端は切り落とされていた。 新しい機器では端に真鍮の金具 (fitting) があり、観測のために真鍮に穴が開いていた。 (海洋考古学では、このような金具は、しばしばクロススタッフの唯一の残存部分である。)

幾つかのトランソムを提供するのが普通で、各々が異なる範囲の角度を観測し、 トランソム 3 本が普通であった。 後の機器では、別々のトランソムよりは 終端を示すクギが付いた唯 1 本のトランソムが好まれた。 これらのクギはトランソムの両側に対称に位置する幾つかの穴の組の一つに搭載されていた。 これは少ない部品で、同じ能力を提供した。 フリシウス (Frisius) のトランソムのバージョンでは、終端はトランソムの上でスライドする視準板 (vane) であった。

ヤコブスタッフ、ジョン・セラー (John Seller) の「実用的航海術」(1672) から	1776 年の海洋クロススタッフ、パリの国立海洋 博物館 (Musée national de la Marine) に展示

使用者は主スタッフの一方の端を目のすぐ下の頬にあてる。 トランソムの下の部分の端で (あるいは真鍮の金具の穴を通して) 水平線に照準を合わせる [B]。 主スタッフ (main arm) のトランソム (cross arm) を調節して、 太陽がトランソムの反対側にあるように設定して [C]、 高度を決定できる。 トランソム (cross arm) の位置を主スタッフの目盛りで読み取る。 この値は、表から角度に変換された。

元々のバージョンは 大航海時代 (Age of Discoveries) までは海で使用されたとは報告されていない。 この使用が報告されたのはジョアン・ド・リズボン ( João de Lisboa) による彼の 1514 年の「海の針の論説」 (Treatise on the Nautical Needle) である。 ヨハネス・ヴェルナー (Johannes Werner) は 1514 年にクロススタッフを海で使用することを提案し、 そして、改良された機器がナビゲーションの使用に導入された。 ジョン・ディー (John Dee) は 1550 年代に、これをイングランドに導入した。 改良されたバージョンでは、棒は直接角度で目盛りを付けられた。 この機器の変種は正確にはヤコブスタッフ (Jacob's staff) と呼ばれずに、単にクロススタッフ (cross-staff) と呼ばれた。

クロススタッフは使用することが困難であった。 一貫した結果を得るために、観測者は棒の端を正確に頬にあてないといけなかった。 彼は 2 つの異なる方向に水平線と星を観測する必要があり、 一方から他方に視線を移動している時に機器を動かしてはいけなかった。 付け加えると、太陽の観測では、ナビゲータは直接太陽を見る必要があった。 これは不愉快なことであり、太陽の正確な高度を求めることが困難であった。 船乗りは、トランソムの末端にスモークガラス (smoked-glass) を搭載して、太陽のぎらつきを軽減した。

ナビゲーションのツールとして、この機器はまもなく交代され、最初は バックスタッフ、あるいは 四分儀であった。 どちらも使用者は太陽を直接見つめる必要がなく、 後には八分儀と六分儀で交代された。 恐らく、 バックスタッフに影響されて、少々のナビゲーターはクロススタッフを変更して、 バックスタッフのように操作した。 視準板 (vane) が最も長いクロス・ピース (cross-piece) の両端に追加され、別の視準板 (vane) が主スタッフの端に追加された。 機器が逆にされ、クロス・ピースの上方の視準板の影が、スタッフ末端の視準板に落ちるようにした。 ナビゲーターは機器を持って、水平線が下方の視準板とスタッフ末端の視準板に揃うように眺めた。 スタッフ末端の視準板の太陽の影と水平線を揃えることで、太陽の仰角が決定された。 これにより実際、機器の精度が増大した。というのは、ナビゲーターはスタッフの端を正確に頬にあてる必要がもはやなくなったからであった。

クロススタッフの別の変種はスピーゲルブーグ (spiegelboog, 英語で Mirror staff, ミラースタッフ) で、 1660 年にオランダ人のジュースト・ヴァン・ブリーン (Joost van Breen) により発明された。

究極的に、クロススタッフは多くの国で バックスタッフと競争できなかった。 操作の点で、 バックスタッフは易しく使用できることが判明した。 しかしながら、精度の点でクロススタッフは バックスタッフよりも優れていることが、 多くの著者により証明された。 バックスタッフは 1731 年より、 オランダ東インド会社 (Dutch East India Company) の船舶ではもはや許可されず、 八分儀は 1748 年まで許可されなかった。

クロススタッフは現在の ニューヨーク市章で船乗りの上に登場する。 この市章は 1915 年からのものであるが、 クロススタッフは 17 世紀のものを描写。

訳注：ミラー・スタッフに関して

1. 以下の内容は 色々なページからまとめたものです。
   ミラースタッフはおおよそ次のようなもので、バックスタッフ (後方棒) によく似ています。 理解するためには「バックスタッフ」を先に読んでください。 A は影板、C は視準板、A,C を支える横木は棒に固定されていて、 B が水平線板です (水平線版が棒をスライドする)。 水平線板には取り外し可能な鏡がセットされている。 使用するには視準板から水平線板の方向を見て、これが水平線と重なるようにする。 太陽を観測する時は水平線板の鏡を取り外し、 水平線板が水平線と重なっている状態で、 水平線板をスライドして 影板の影が水平線板に落ちるようにする。 星を観測する時は水平線板に鏡をセットして同様なことをする。 これは デイビスの四分儀よりは精度が上で、しかも夜間も使用可能です。 デイビスの四分儀は小円と大円からなり、小円の理由から精度が落ちるようです。 そのためオランダではミラースタッフが使用されて、デイビスの四分儀が使用されませんでした。 しかし、ミラースタッフの解説がすべてオランダ語のみであったため、 他の国に広まらなかったようです。
2. オランダ東インド会社は長崎を通じて日本と交易をしていますから、ミラースタッフは日本と多少は縁があることになります。

測量では、ヤコブスタッフ (Jacob staff) の用語は 一脚 (monopod) ―― 単一の真っすぐな棒、あるいは棒で、非鉄素材で作られたスタッフ (staff) で、 先が尖り、地面に突き刺せるように先が金属で覆われている。 これはネジの基礎 (screw base) がある、そして時には取り付け具 (mount)にボール・ジョイント (ball joint) があり、 コンパス、トランシット、あるいは他の機器を支えるのに使用される。

クロススタッフの用語は測量の歴史では異なる意味を持つこともある。 天文学のクロススタッフは角度を測定するための測量に使用されるが、 クロススタッフと呼ばれる他の 2 つの装置も使用された。

1. クロスヘッド、クロスサイト、測量技師のクロス、あるいはクロス (Cross-head, cross-sight, surveyor's cross or cross) ―― ドラムや箱の形をした装置で、棒 (pole) に搭載された。 これは互いに直行する照準が 2 セットあった。 この装置は測量技師により、オフセット (offset) を測定するために使用された。 洗練されたものは、コンパスとアルコール水準器が付いていた。 フランスのバージョンは、しばしば丸くなく、8 個の辺があった。
2. オプティカル・スクエア (Optical square) ―― クロスヘッド (cross-head) の改良バージョン、 オプティカル・スクエアは互いに 45° の角度の 2 枚の銀メッキした鏡を使用する。 これにより、測量技師は機器のどちらの軸 (axes) に沿っても一度に見ることができた。

過去には、多くの測量技師の機器がヤコブスタッフの上で使用された。 これに含まれるものは :

• クロスヘッド、クロスサイト、測量技師のクロス、あるいはクロス (Cross-head, cross-sight, surveyor's cross or cross)
• グラフォメーター (Graphometer)
• 円周儀 (Circumferentor)
• オランダ・サークル (Holland circle)
• 坑夫のダイアル (Miner's dial)
• 光学スクエア (Optical square)
• 測量技師の六分儀 (Surveyor's sextant)
• 測量技師のターゲット (Surveyor's target)
• アブニー・レベル (Abney level)

(訳注：簡単にわかるものだけリンクを付けています。)

レーザーを基礎とする測量のための現代の光学ターゲット (optcal target) のような幾つかの装置は、ヤコブスタッフの上で なお普通に使用されている。

地質学ではヤコブスタッフはフィールドで、stratigraphic thickness を測定するのに使用され、 とりわけ 層理 (bedding) が目で見えない、あるいは不明な時 (例えば覆われた露頭)、そして露頭の 配置により、地層 (beds) の見かけ、あるいは実際の厚さが発散し、従って、テープ使用の測定を困難にしている時である。 この道具を使うときには、stratigraphic thickness を測定する正確な参照手段が無いことから、一定のエラーレベルが予期される。 高精度デザインにはスタッフ (staff) に沿って垂直にスライドして、しかも 層理 (bedding) に平行な平面で回転することができるレーザーが含まれる。